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2018年6月16日 12:16
月刊みなみ 32
ふと思った
もし人類に言葉が染みつかなくて発語によるコミュニケーションが発達していなかったら
または万物に名称を授ける事を発見あるいは創造する者がいなかったら
全然違う手段でコミュニケーションが始まっていたのだろうか?
伝達の根本は言葉による意志疎通、さらに言葉の本質は名称が付けられている何かと何かの組み合わせの交換であって
"私"とか"神"ですらただの名称にすぎず言わば言語というルールの上で勝ち負けのないゲームを太古から行い続けている。
言葉は概念であるけど概念自体は言葉が存在するから故に成った思念や抽象的認識作用であって思考の基礎であり
本来はないものであった。というか言葉とか意味とか世界とかも物理的には存在しない。神も。形而上学である。
そういう類の抽象概念は実は言語という手段じゃなくても発展したんじゃないかと僕は真剣にふと思ったので書いてみた。
音楽や絵画や舞踊は言葉以前のコミュニケーションツールであることは間違いないと思うが
言語程の疎通手段を持った何かがもし発達していたのなら僕らが想像しうる芸術のようなベクトルとは全然違った何かになっていただろうと想像する。
はっきり言って宇宙人に意志はあるのか、とかいった類と同レベルくらいの妄想がたのしい。テレパシーでは甘い。
もう消えるとか。

さて、音の制作に没入しています
そう遠くない内にひとつの作品として纏まりそう
絵と写真と音を合体させて何か作ろうと思ふ




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